2018年8月15日水曜日

江戸鎮座二百年記念御朱印 

厳しい暑さの中、夏休み中ということもあり、全国各地より小学生のお子様からご年配の方まで毎日多くの皆様が御朱印を受けられます。

御朱印とは、社寺に参拝した証としていただく印状のことです。始まりは奈良・平安の神仏習合の時代から行われた”納経”(神仏に写経を奉納すること)の受取状だったものが、江戸時代になると納経に限らず参拝のみの場合でも”参拝した証”として授与されるように変化していきました。
現在は御朱印ブームといわれるほどで、私たち巫女も参拝者の御朱印帳を通して、工夫が凝らされたカラフルなものや、イラストが描かれた御朱印等、各社寺で工夫が凝らされたきれいな御朱印を多く目にします。
御朱印巡りは一般的なスタンプラリーとは違い信仰に基づいたものですが、御朱印は御札や御守というものではなく、あくまで”参拝した証”です。神社やお寺、また神様や仏様のお名前が記された御朱印は、その時々の思い出と共に大切にしていただければと思います。
本年は、水天宮が江戸に鎮座して200年、また戌年というおめでたい年です。これを記念し、今年限定の江戸鎮座二百年記念御朱印を頒布致しております。朱印帳へ直接のご記帳ではなく、紙でのお渡しとなりますが、特に金色で書かれた「水天宮」の御社名は、神職や巫女が一枚一枚心をこめて謹書しております。

2018年8月1日水曜日

夏のご挨拶

暑中お見舞い申し上げます。
猛暑日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて81日は「八朔(はっさく)」といいます。この日、京都祇園では舞妓さんや芸妓さんが日頃お世話になっているお師匠さんやお茶屋さんに、黒紋付きの正装で挨拶回りをする日として知られています。
元々は旧暦の81日のことで、今の新暦では9月上旬の頃にあたります。“はっさく”といえば、柑橘類のミカンを思い浮かべる方も多いと思いますが、この時期から食べられたことが由来しているそうです。また、八朔は「田の実の節句」ともいわれ、早稲の穂が実り始めるのと同時に台風や病害虫の被害が多くなることから、各地で風雨順調・五穀豊穣を祈る八朔祭が行われます。「田の実」が「頼み」に通じるとして、田の神様に祈願する日になったといわれています。そして、この時期に農家ではお世話になっている方々に初穂を贈る習わしがあり、次第に武家や公家にも広まり、恩義のある方に贈り物をする風習となったそうです。
私たちが普段何気なく目にし行っていることも、いろいろと調べてみると、日本に古くから伝わる季節の行事や風習に由来があります。このようなことを学ぶことができるのも神社で奉仕する魅力の一つなのかなと感じます。
☆現在、水天宮では職員を募集しております。詳しくは水天宮ホームページをご覧ください。

2018年7月15日日曜日

一日も早い復興を

このたびの西日本豪雨により被害を受けられた皆様には、心よりお見舞い申し上げます。

暑さ厳しい中、被災地の方々またボランティアの皆様、全力で復旧・復興に努められている姿を報道で見聞きし、被害の甚大さを痛感しております。
当社にも、西日本出身の職員がおり、少しでも被災地の力になりたいとの想いで、先日、被災地へ支援物資を職員が届けに参りました。
また水天宮では、境内及び神札所に義捐金箱を設置し、西日本豪雨災害への義捐金を受け付けております。皆様のご支援ご協力をよろしくお願い申し上げます。
被災地の復旧・復興及び、皆様のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。

2018年7月1日日曜日

ささのはさらさら ~七夕飾りのお話~

関東では早くも梅雨が明け、暑い日が続いております。
さて、境内では七夕飾りや短冊を飾る笹竹を設置しております。
夏の風物詩である七夕は、五節句の一つで、星に願いを込めて笹竹に様々な飾りや短冊を吊るします。折り紙で、投網(とあみ)・折鶴・吹き流し・巾着・紙衣(かみころも)・屑籠(くずかご)などの飾りを作りますが、それぞれに意味があることを皆様はご存知ですか?

2018年6月15日金曜日

~お礼参り=神様ありがとうございました~

東京では雨や曇りの日が続いております。
さて、今回は皆様から質問の多い「お礼参り」についてご案内いたします。
お礼参りとは、神様にお願いしたことが叶った後、御札や御守をお志と共に神社に納め、神様に御礼のご奉告をすることをいいます。
水天宮では、安産祈願後に無事出産されてお礼参りに来られる方が多くいらっしゃいます。出産後のお礼参りは、次の2つの方法どちらかで行います。ご参考になさって下さい。

2018年6月1日金曜日

"赤"に宿る力

梅雨の季節となり、湿気の多い日も多くなりますね。
さて、今回のブログは”赤”をテーマにおおくり致します。
下記写真は、江戸鎮座二百年奉祝祭を記念し、江戸時代の浮世絵に描かれていた水天宮の赤い幟(のぼり)を再興し、掲げたものです。

「百福駢臻」(ひゃくふくならびいたり)    「千祥鱗集」(せんしょうりんしゅうす)

2018年5月15日火曜日

地口 ~江戸の言葉遊び~

去る5月3日、早朝の大雨から一転、晴天の中、江戸鎮座二百年奉祝祭が滞りなく斎行されました。この節目を期とし、職員一同更なる努力をして参る所存でございます。

さて今回は江戸中期頃から流行った「地口(ぢぐち)」という言葉遊びのひとつをご紹介いたします。
「情け有馬の水天宮」という駄洒落を聞いたことがあるでしょうか?
「なさけがある」を「情け有馬」と言い換えて、江戸っ子たちの流行語になったそうです。
 
※東都名所芝赤羽橋之図(国立国会図書館蔵)川の向こうの塀が水天宮のあった有馬家上屋敷です
今からちょうど200年前の文政元年(1818年)、第九代藩主有馬賴徳公により国元の久留米から江戸の久留米藩邸内にご分祀されたのが水天宮のはじまりです。当時、江戸の人々の信仰は厚く、塀越しにお賽銭を投げ入れる人が後を絶たなかったそうです。そこで、時の藩主は毎月5日に限り屋敷の門を開け、庶民にお参りを許しました。有馬家の情け深い温情に感謝し、この「情け有馬の水天宮」が生まれたといわれています。
 同じような地口には、「恐れ入谷の鬼子母神」、「びっくり下谷の広徳寺」」などもあります。現在では、2月の初午の頃に地口行燈(ぢぐちあんどん)として稲荷神社で飾られる所もあります。
江戸の人達の洒落っ気とユーモア溢れる言葉遊びは、時代を越えても面白く感じますね。